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山の辺の道をひたすら歩く。(3部) [奈良]

(今回のBGM)



続きを載せたいと思う。

撮影:PENTAX K-5、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM

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長岳寺に着いた。

奈良県天理市柳本町にある高野山真言宗の寺。
通称、釜口大師とよばれる。
本尊は阿弥陀三尊。
824年に淳和天皇の勅願により
弘法大師空海が創建したと伝え、
もと大和(おおやまと)神社の神宮寺であったという。
鎌倉時代には興福寺大乗院の末寺となったが、
1602年徳川家康から朱印寺領100石を寄進された。
江戸時代末より大師信仰の中心地として知られている。
五智堂、延命殿、庫裡、鐘楼門はいずれも国の重要文化財。

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山の辺の道をひたすら歩く。(2部) [奈良]

(今回のBGM)




続きを載せたいと思う。

撮影:PENTAX K-5、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM

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玄賓庵の白壁

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山の辺の道をひたすら歩く。(1部) [奈良]

(今回のBGM)




今回は暑い中を奈良の山の辺の道を歩こうと思い、列車で旅した。

その全長は約35kmであるが、その南部に古道の痕跡や景観が残り、

現在一般的にハイキングコースとして親しまれるのは

天理市の石上神宮から桜井市の大神神社付近までの約15kmの行程で、

その多くは東海自然歩道となっている。

実際に歩いたのは、三輪駅近辺から天理駅までだった。

距離は25キロぐらいで、歩数にして35000歩、消費カロリーは1300キロカロリーだった。

撮影:RICOH GR DIGITAL IV

奈良線から桜井線に乗り換えて、三輪駅に向かった。

桜井線の列車内。

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奈良の風景 [奈良]


今回は昨年の5月撮影の奈良の東大寺近くにある鷲池の浮見堂と鹿を載せたいと思う。

今回は4枚だけである。

昨年撮ってあっても載せてなかったものである。

撮影:PENTAX K-5、smc PENTAX-DA 18-135mmF3.5-5.6ED WR


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奈良:東大寺周辺を巡りて [奈良]

今回は昨年9月撮影の東大寺周辺の写真を載せたいと思う。



(今回のBGM)




撮影:PENTAX K20D

東大寺南大門

(東大寺の解説)

東大寺(とうだいじ)は、奈良県奈良市雑司町にある華厳宗大本山の仏教寺院である。
奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺である。
「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とし、
開山(初代別当)は良弁僧正(ろうべんそうじょう)である。
奈良時代には中心堂宇の大仏殿(金堂)のほか、
東西2つの七重塔(推定高さ約100メートル)を含む大伽藍が整備されたが、
中世以降、2度の兵火で多くの建物を焼失した。
現存する大仏は、台座などの一部に当初の部分を残すのみであり、
現存する大仏殿は江戸時代、18世紀初頭の再建で、創建当時の堂に比べ、
間口が3分の2に縮小されている。「大仏さん」の寺として、
古代から現代に至るまで広い信仰を集め、
日本の文化に多大な影響を与えてきた寺院であり、
聖武天皇が当時の日本の60余か国に建立させた国分寺の中心をなす
「総国分寺」と位置づけられた。
東大寺は1998年に古都奈良の文化財の一部として、
ユネスコより世界遺産に登録されている。


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奈良・東大寺周辺(総合版) [奈良]

今回は、奈良の東大寺周辺のお寺や風景を載せたいと思う。


(東大寺の解説)

東大寺(とうだいじ)は、奈良県奈良市雑司町にある華厳宗大本山の仏教寺院である。
奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺である。
「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とし、
開山(初代別当)は良弁僧正(ろうべんそうじょう)である。
奈良時代には中心堂宇の大仏殿(金堂)のほか、
東西2つの七重塔(推定高さ約100メートル)を含む大伽藍が整備されたが、
中世以降、2度の兵火で多くの建物を焼失した。
現存する大仏は、台座などの一部に当初の部分を残すのみであり、
現存する大仏殿は江戸時代、18世紀初頭の再建で、創建当時の堂に比べ、
間口が3分の2に縮小されている。「大仏さん」の寺として、
古代から現代に至るまで広い信仰を集め、
日本の文化に多大な影響を与えてきた寺院であり、
聖武天皇が当時の日本の60余か国に建立させた国分寺の中心をなす
「総国分寺」と位置づけられた。
東大寺は1998年に古都奈良の文化財の一部として、
ユネスコより世界遺産に登録されている。



人が多くて集中力がそがれた。

それで東大寺の写真はあまりない。

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奈良・東大寺周辺(2部) [奈良]

引き続き東大寺周辺の写真を載せたいと思う。



飛火野にて


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奈良・東大寺周辺(1部) [奈良]

今回は、奈良の東大寺周辺のお寺や風景を載せたいと思う。

70枚ほどなので2回に分けて、後でまとめます。



人が多くて集中力がそがれた。

それで東大寺の写真はあまりない。


(東大寺の解説)

東大寺(とうだいじ)は、奈良県奈良市雑司町にある華厳宗大本山の仏教寺院である。
奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺である。
「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とし、
開山(初代別当)は良弁僧正(ろうべんそうじょう)である。
奈良時代には中心堂宇の大仏殿(金堂)のほか、
東西2つの七重塔(推定高さ約100メートル)を含む大伽藍が整備されたが、
中世以降、2度の兵火で多くの建物を焼失した。
現存する大仏は、台座などの一部に当初の部分を残すのみであり、
現存する大仏殿は江戸時代、18世紀初頭の再建で、創建当時の堂に比べ、
間口が3分の2に縮小されている。「大仏さん」の寺として、
古代から現代に至るまで広い信仰を集め、
日本の文化に多大な影響を与えてきた寺院であり、
聖武天皇が当時の日本の60余か国に建立させた国分寺の中心をなす
「総国分寺」と位置づけられた。
東大寺は1998年に古都奈良の文化財の一部として、
ユネスコより世界遺産に登録されている。

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奈良・古の人々に想いを馳せて(総合版) [奈良]

(これは総合版なので、200枚ぐらい一気に載せています。)

今回は奈良にある山の辺の道の写真を載せたいと思う。

奈良に興味のある方や、歴史に興味のある方はそれなりに楽しめると思うので

ざーと見ていただければと思う。



石上神宮から大神神社(おおみわじんじゃ)まで歩いた。

大体15キロほどを写真を撮りながら7時間ぐらいで歩いている。


(山の辺の道の解説)

飛鳥と平城(奈良)を結ぶ古の官道が山の辺の道。
そのうち道がよく整備され、見どころの多いのが天理~桜井で、
休日には大勢のハイカーを迎えている。
野を過ぎ、林を抜け、小鳥のコーラスを聞いて歩く道沿いには、
大和棟の美しい民家、神話の時代からまつられている神社、
おびただしい数の古墳が残り、歴史へのロマンをかきたててくれる。




まずは石上神宮の駐車場から見える風景を。

奈良らしい風景だなと思って撮影。

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(石上神宮の解説)

石上神宮(いそのかみじんぐう)は奈良県天理市にある神社。
式内社(名神大社)で、旧社格は官幣大社(現在は神社本庁の別表神社)。
中世には二十二社の中七社のひとつとされた。
尚、『日本書紀』に記された神宮は、伊勢神宮と石上神宮だけであり、
その記述によれば、日本最古設立の神宮となる。

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奈良・古の人々に想いを馳せて(5部・最終) [奈良]

今回は4部の続きを載せて締めたいと思う。




景行天皇陵を後にしてまもなくのところ。

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奈良・古の人々に想いを馳せて(4部) [奈良]

今回は、長岳寺から載せたいと思う。



長岳寺前にて。

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奈良・古の人々に想いを馳せて(3部) [奈良]

引き続き山の辺の道の写真を載せたいと思う。

今回は、夜都岐神社を後にするところからである。




夜都岐神社そばの田んぼのあぜ道に咲いていたコスモス。

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夜都岐神社を後にした。

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奈良・古の人々に想いを馳せて(2部) [奈良]

前回に引き続き山の辺の道の写真を載せたいと思う。

石上神宮を後にしたところから載せている。

まだ200枚ぐらいあるので4回に分けるつもりである。




石上神宮を後にして、内山永久寺に向かった。

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奈良・古の人々に想いを馳せて(1部) [奈良]

今回は奈良にある山の辺の道の写真を載せたいと思う。

写真が多いので何回かに分けたい。(4~5回)

奈良に興味のある方や、歴史に興味のある方はそれなりに楽しめると思うので

ざーと見ていただければと思う。



石上神社から大和神社(おおみわじんじゃ)まで歩いた。

大体15キロほどを写真を撮りながら7時間ぐらいで歩いている。


(山の辺の道の解説)

飛鳥と平城(奈良)を結ぶ古の官道が山の辺の道。
そのうち道がよく整備され、見どころの多いのが天理~桜井で、
休日には大勢のハイカーを迎えている。
野を過ぎ、林を抜け、小鳥のコーラスを聞いて歩く道沿いには、
大和棟の美しい民家、神話の時代からまつられている神社、
おびただしい数の古墳が残り、歴史へのロマンをかきたててくれる。




まずは石上神社の駐車場から見える風景を。

奈良らしい風景だなと思って撮影。

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(石上神宮の解説)

石上神宮(いそのかみじんぐう)は奈良県天理市にある神社。
式内社(名神大社)で、旧社格は官幣大社(現在は神社本庁の別表神社)。
中世には二十二社の中七社のひとつとされた。
尚、『日本書紀』に記された神宮は、伊勢神宮と石上神宮だけであり、
その記述によれば、日本最古設立の神宮となる。

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夏風景(飛鳥)PART2 [奈良]

昨日に引き続き、夏風景(飛鳥)を載せたいと思う。

(50枚ほど載せているので興味のある方だけご覧ください。)


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橘寺が見えてきた。

(橘寺の解説)

橘寺(たちばなでら)は、奈良県高市郡明日香村にある天台宗の寺院。
正式には「仏頭山上宮皇院菩提寺」と称し、本尊は聖徳太子・如意輪観音。
橘寺という名は、垂仁天皇の命により不老不死の果物を取りに行った田道間守が
持ち帰った橘の実を植えたことに由来する。
橘寺の付近には聖徳太子が誕生したとされる場所があり、
寺院は太子建立七大寺の1つである。
太子が父用明天皇の別宮を寺に改めたのが始まりと伝わる。
発掘調査の結果、当初の建物は、
四天王寺式伽藍配置の壮大なものだった事が判明している。
皇族・貴族の庇護を受けて栄えたが、鎌倉期以降は徐々に衰えている。

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夏風景(飛鳥) [奈良]

今回は、明日香村の夏風景を載せたいと思う。


石舞台古墳にて。


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(石舞台古墳の解説)

石舞台古墳(いしぶたいこふん)は、奈良県明日香村にある古墳時代後期の古墳。
昭和27年(1952年)3月27日、国特別史跡に指定される。

古くから、巨石(花崗岩)で作られた玄室が露出しており、
その形状から石舞台と呼ばれていた。
玄室は、長さ約7.7m、幅約3.5m、高さ約4.7m、羨道は長さ約11m、幅2.5m。
石室内部に排水施設がある。
約30の石が積まれ、その総重量は2,300tに達すると推定されている。
石は古墳のかたわらを流れる冬野川の上流約3キロ、多武峰のふもとから運ばれた。
昼間は公開されており、玄室内に入ることが可能である。
封土(盛り土)の上部が剥がされているため、
その形状は、2段積の方墳とも上円下方墳とも下方八角墳とも推測されている。
また、一辺51mの方形基壇の周囲に貼石された空濠をめぐらし、
さらに外提(南北約83m、東西81m)をめぐらした壮大な方形墳であるという。
蘇我馬子の墓であったことから封土が剥がされ、墓が暴かれたのは、
蘇我氏に対する懲罰とする説もある。

1933年(昭和8)と1935年(昭和10)に京都帝国大学(当時)の浜田耕作らが中心となり、
発掘調査が行われた。
しかし、すでにほとんどの埋葬品が盗掘にあった後であり、
石棺の欠片等が発見されるに留まった。
1954年(昭和29)から1959年(昭和33)にかけて古墳の復元整備事業が行われ、
この時には外側の堀を掘るために上を通っていた県道が曲げられたという逸話がある。
被葬者は蘇我馬子であったとする説が有力である。
『日本書紀』の推古天皇三十四年(626年)五月の条に
「大臣薨せぬ。仍りて桃原墓に葬る。」とあり、大臣は、蘇我馬子を指している。
水野正好奈良大学名誉教授は石の種類、築造年代などから蘇我稲目説を唱える。

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奈良(興福寺五重塔、当麻寺など)&いただきものの紹介 [奈良]

今回は奈良の残りを載せて、次回からは京都の写真を載せたいと思う。

この記事には興福寺、東大寺の鹿、塀越しの薬師寺、法起寺、法輪寺、当麻寺、

帰り際で撮影した写真など載せている。



興福寺を撮影。

近鉄奈良駅の屋上で撮っている。



(興福寺の解説)

興福寺(こうふくじ)は、奈良県奈良市登大路町(のぼりおおじちょう)にある、

南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院である。南都七大寺の一つに数えられる。

藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺である。

古代から中世にかけて強大な勢力を誇り、鎌倉・室町両幕府は大和国に守護を置くことができなかった。

南円堂は西国三十三箇所第9番札所である。

「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。

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奈良(東大寺周辺) [奈良]

今回は、予告どおり奈良の写真を載せたいと思う。

4月に奈良を撮影したばかりなので、

今回はちょっと視点を変えて撮影している。

定番から部分的な美へと関心を移しているつもりである。



東大寺に行く前にすぐ近くの興福寺五重塔を猿沢池越しに撮影した。

昨日載せたのは違う場所からの撮影である。

その場所からの撮影でまた別の写真は明日載せると思う。

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興福寺五重塔 [奈良]

今回は整理できていないので一枚だけ載せたいと思う。

興福寺五重塔である。

明日から奈良と京都を何回かに分けて載せる予定。


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奈良巡り2009.4(法隆寺、室生寺) [奈良]

(入れ替えしています。)

薬師寺を後にして次に向かったのは、斑鳩の里にある法隆寺であった。

法隆寺の後は、明日香村を歩く予定だったが、

あいにく雨が降り始めた。

それでハイキングコースではない室生寺に寄って帰ることにした。




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五重塔を撮影。

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