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鯖街道・郷愁の村々を訪ねて(総合版) [福井県]

(今回のBGM)




こんにちは、minsukeです。

前半では鯖街道沿いの村々の写真を載せ、

後半で鯖街道沿いのお寺と、その帰りに撮影した琵琶湖の風景を載せたいと思います。

今回は、OLYMPUS OM-D E-M5の試し撮りと、調整の意味もあり、

1200枚ほど撮影してきました。

デフォルトで撮ったのですが、ちょっと地味でした。

もう少し、コントラストを上げるか、彩度を上げるか、試すところです。

新しいカメラを買うと、少しいじらないと自分の好みの色にならないので、面倒ですね。

今回は仕方ないので、半数ほど画像ソフトでコントラストを上げました。

撮影:OLYMPUS OM-D E-M5、M.ZUIKO ED 14-150mm F4.0-5.6


滋賀県大津市伊香立あたりです。

じきに鯖街道に入ります。

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鯖街道(さばかいどう)は、若狭国などの小浜藩領内(おおむね現在の嶺南に該当)と

京都を結ぶ街道の総称です。

主に魚介類を京都へ運搬するための物流ルートであったが、

その中でも特に鯖が多かったことから、近年に至り名付けられたものです。

鯖街道の花折あたり

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鯖街道・郷愁の村々を訪ねて(後半) [福井県]

(今回のBGM)






こんにちは、minsukeです。

前半に引き続いて、鯖街道の写真を載せたいと思います。

後半で、琵琶湖周辺の写真に切り替わります。

なお、OLYMPUS OM-D E-M5のデフォルトでは地味すぎましたので、

画像ソフトでコントラストを上げた写真が半数ぐらいあります。

撮影:OLYMPUS OM-D E-M5、M.ZUIKO ED 14-150mm F4.0-5.6

明通寺に着きました。

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鯖街道・郷愁の村々を訪ねて(前半) [福井県]

(今回のBGM)




こんにちは、minsukeです。

今回は、写真が多いので前半、後半に分けます。

前半では鯖街道沿いの村々の写真を載せ、

後半で鯖街道沿いのお寺と、その帰りに撮影した琵琶湖の風景を載せたいと思います。

今回は、OLYMPUS OM-D E-M5の試し撮りと、調整の意味もあり、

1200枚ほど撮影してきました。

デフォルトで撮ったのですが、ちょっと地味でした。

もう少し、コントラストを上げるか、彩度を上げるか、試すところです。

新しいカメラを買うと、少しいじらないと自分の好みの色にならないので、面倒ですね。

撮影:OLYMPUS OM-D E-M5、M.ZUIKO ED 14-150mm F4.0-5.6


滋賀県大津市伊香立あたりです。

じきに鯖街道に入ります。

PA100011.jpg-5



PA100017.jpg-1


鯖街道(さばかいどう)は、若狭国などの小浜藩領内(おおむね現在の嶺南に該当)と

京都を結ぶ街道の総称です。

主に魚介類を京都へ運搬するための物流ルートであったが、

その中でも特に鯖が多かったことから、近年に至り名付けられたものです。

鯖街道の花折あたり

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明通寺(鯖街道) [福井県]

早春の鯖街道で載せたものであるが、

写真の枚数が多くて、見られていない人も多いと思うので、

明通寺だけで載せたいと思う。

撮影:PENTAX K-5、smc PENTAX-DA 18-135mmF3.5-5.6ED WR


赤い橋を渡ると国宝の明通寺がある。

(明通寺の解説)


明通寺(みょうつうじ)は、福井県小浜市門前にある真言宗御室派の寺院。
本尊は薬師如来。
大同元年(806年)、坂上田村麻呂によって創建されたと伝えられる。
本堂と三重塔は国宝に指定されている。
(福井には国宝は2つしかなく、それがこの寺の本堂と三重塔である。)

熊川から小浜に向かう街道の南。
松永川と遠敷川の2つの川が出合う地域は、遠敷(おにゆう)の里と呼ばれる。
遠敷(おにゆう)にあるこの名刹は、深い杉木立に包まれ、
古色を帯びた伽藍が立ち並ぶ。
古代からの里、遠敷(おにゆう)を中心とする小浜界隈には、奈良時代創建の
多田寺や羽賀寺をはじめ、130を超える寺院が文字通り林立する。
まさに小浜は、「海のある奈良」という言葉にふさわしい、
仏教文化が花開いた「浄土」であった。

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早春の鯖街道(総合版) [福井県]

鯖街道を久しぶりに走ってきた。

桜も咲き始めているかと期待したが、

小浜以外はまだ全然であった。

僕はひなびた民家の佇まいが好きで、

今までにも2回ほど撮影して載せている。

興味のある方は以前のも見ていただけたらと思う。

(今回のBGM)



撮影:PENTAX K-5、smc PENTAX-DA 18-135mmF3.5-5.6ED WR
(まだ買って間もないので、赤みのある画像に悩まされている。
微調整をしながら、早く最適な色に近づけたいと思っているところ。
なので今回ちょっと不自然な色合いのものがあります。)


(鯖街道の解説)

鯖街道(さばかいどう)とは、嶺南地方で獲れた魚介類を
京都に運ぶために整備された街道の歴史的名称。
その魚介類の中でも、特に鯖が多かったため、
「鯖街道」と言われるようになった。

現在の福井県小浜市から京都市左京区出町柳までの区間を指し、
国道27号(小浜市~若狭町上中)、国道303号(若狭町上中~高島市保坂)、
国道367号(高島市朽木~京都市左京区)にあたる
(往時の鯖街道は現在の国道367号ではなく、大見尾根を経由する山道であった)。
なお、広義では若狭地方から京都へ海産物を運んだ街道全てを鯖街道と呼ぶ。
若狭湾で取れた鯖に塩をまぶし、夜も寝ないで京都まで運ぶと、
ちょうど良い味になっていたと言われ、京の一般庶民にまで喜ばれ、
その到着を待ち望まれたために、
これを運ぶ道にいつしか鯖街道の名が付けられた。
運ぶ人達は「京は遠ても十八里」と唄いながら寝ずに歩き通した。

現在も国道367号沿線には、鯖寿司を生業とした店が多数存在する。
また、小浜市から京都市(左京区出町柳)までを
当時のルートで走り通す「鯖街道マウンテンマラソン」(距離:76km)が
毎年開催されている。
ルートの大半が未舗装路であり、高低差も大きいことから、
別名「ウルトラ山岳マラソン鯖街道マラニック(マラソン+ピクニック)」とも呼ばれる。
現在の日本は、多くのサバをノルウェーから輸入している。
これを指して、ノルウェーから日本への空路を「現代の鯖街道」と呼ぶ人もいる。
なお、現在は塩をまぶすのではなく冷凍で送られており、
アニサキスの心配はない。




花折峠を過ぎた辺りの葛川にて撮影。

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タグ: 早春 鯖街道
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早春の鯖街道(2部) [福井県]

引き続き鯖街道の写真を載せたいと思う。

(今回のBGM)



撮影:PENTAX K-5、smc PENTAX-DA 18-135mmF3.5-5.6ED WR
(まだ買って間もないので、赤みのある画像に悩まされている。
微調整をしながら、早く最適な色に近づけたいと思っているところ。
なので今回ちょっと不自然な色合いのものがあります。)


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タグ: 鯖街道
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早春の鯖街道 [福井県]

鯖街道を久しぶりに走ってきた。

桜も咲き始めているかと期待したが、

小浜以外はまだ全然であった。

僕はひなびた民家の佇まいが好きで、

今までにも2回ほど撮影して載せている。

興味のある方は以前のも見ていただけたらと思う。

(今回のBGM)



撮影:PENTAX K-5、smc PENTAX-DA 18-135mmF3.5-5.6ED WR
(まだ買って間もないので、赤みのある画像に悩まされている。
微調整をしながら、早く最適な色に近づけたいと思っているところ。
なので今回ちょっと不自然な色合いのものがあります。)

花折峠を過ぎた辺りの葛川にて撮影。

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タグ:早春 鯖街道
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鯖街道:郷愁の山里を巡りて [福井県]

久しぶりに鯖街道を走ってきた。

山里は相変わらず昔のままの建物が建ち並ぶ。

景観を損ねる新築が見当たらないのがいい。

車で素通りするのではなく、

実際にいくつかの村を歩いて撮影したので載せたいと思う。

(以前載せた場所とほとんど同じところではあるが。)


(今回のBGM)




撮影:Nikon D90、NIKKOR AF18mm~105mm VR
Nikon D300、NIKKOR AF70mm~300mm VR(コスモス)

葛川の坂下町あたり

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タグ:鯖街道
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北国街道 [福井県]

今回は昨年の10月撮影の北国街道から。

北国街道沿い、もしくはその周辺の田舎風景、名刹、史跡を載せたいと思う。

滋賀県の余呉湖から福井県の永平寺までの分である。

(今回のBGM)




(北国街道の解説)

一般に北国街道と呼ばれる街道には二つのルートがある。
一つは長野県の北部から新潟県の直江津(上越市)で北陸道に合流するコース。
もう一つが、滋賀県北部の琵琶湖東岸を南北につないで
福井県の今庄町で北陸道につながるコースである。
今回撮影したのは、湖北を通る北国街道である。
北国街道のなかでとくに往来が多かったのが、北陸から木之本にいたる道。
江戸時代には福井藩から南の大名は参勤交代の際にこの道を通り、
木之本から北国脇往還を抜けて関ケ原で中山道に入った。
福井県と滋賀県の県境では栃の木峠を越えるのだが、
このルートを整備したのが戦国時代の武将として知られる柴田勝家である。
福井を拠点に北陸を治めていた勝家は、
それまで大きく西に迂回して湖北に入っていた北国街道を南進させることで
最短距離のコースをつくった。
織田信長の死後、豊臣秀吉と対立した柴田勝家は天正十年(一五八二)に
賎ケ岳で秀吉軍と戦うが、このときも栃ノ木峠を越えて賎ケ岳に向かった。
そして、戦いに敗れた勝家が敗走したのも、この北国街道であった。
一方、勝利を収めた秀吉は、越前に入ったあと長浜城に帰るが、
このとき木之本から長浜までは北国街道を通ったのではないかと思われる。

撮影:Panasonic LUMIX DMC-G1

余呉湖

滋賀県の最も北に位置する余呉湖は、周囲約4.6kmの小さな内湖。
三方を山に囲まれ、別名「鏡湖」とも称されるその神秘的な美しさゆえに、
自然と羽衣伝説が生まれてきたのだろう。
岸辺には、天女が羽衣を掛けた、といわれる柳の木があり、
大きな枝を広げている。
湖の周囲は自然豊かなサイクリングコースになっており、
遊歩道や野外活動センターなども整備されている。
また、ワカサギ釣りのスポットとしても知られ、
冬には湖の桟橋から釣り糸を垂れる人を多く見かけることができる。

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これがその柳の木

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鯖街道:郷愁の旅 [福井県]

今回は、昨年9月撮影の鯖街道の写真を載せたいと思う。

(鯖街道の解説)

鯖街道(さばかいどう)とは、嶺南地方で獲れた魚介類を
京都に運ぶために整備された街道の歴史的名称。
その魚介類の中でも、特に鯖が多かったため、
「鯖街道」と言われるようになった。

現在の福井県小浜市から京都市左京区出町柳までの区間を指し、
国道27号(小浜市~若狭町上中)、国道303号(若狭町上中~高島市保坂)、
国道367号(高島市朽木~京都市左京区)にあたる
(往時の鯖街道は現在の国道367号ではなく、大見尾根を経由する山道であった)。
なお、広義では若狭地方から京都へ海産物を運んだ街道全てを鯖街道と呼ぶ。
若狭湾で取れた鯖に塩をまぶし、夜も寝ないで京都まで運ぶと、
ちょうど良い味になっていたと言われ、京の一般庶民にまで喜ばれ、
その到着を待ち望まれたために、
これを運ぶ道にいつしか鯖街道の名が付けられた。
運ぶ人達は「京は遠ても十八里」と唄いながら寝ずに歩き通した。

現在も国道367号沿線には、鯖寿司を生業とした店が多数存在する。
また、小浜市から京都市(左京区出町柳)までを
当時のルートで走り通す「鯖街道マウンテンマラソン」(距離:76km)が
毎年開催されている。
ルートの大半が未舗装路であり、高低差も大きいことから、
別名「ウルトラ山岳マラソン鯖街道マラニック(マラソン+ピクニック)」とも呼ばれる。
現在の日本は、多くのサバをノルウェーから輸入している。
これを指して、ノルウェーから日本への空路を「現代の鯖街道」と呼ぶ人もいる。
なお、現在は塩をまぶすのではなく冷凍で送られており、
アニサキスの心配はない。

(今回のBGM)




撮影:PENTAX K20D

滋賀県の伊香保あたり

じきに大原へ行く道と花折峠へ行く道との分岐がある。

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花折峠の方向へ向かった。

葛川(かつらがわ)という村。

このあたりは、景観を乱す新築の家がほとんどなく昔のままの民家ばかりだ。

こんなに見事に郷愁感を漂わせている集落はそれほど残っていないだろうと思う。

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美しい水(瓜割の滝) [福井県]

今日も暑かったので、水の写真で涼んでいただけたらと思う。

昨年、瓜割の滝で撮影したものである。

撮影:PENTAX K20D、Sigma 18-250mm F3.5-6.3 DC OS HSM



瓜割の滝(うりわりのたき)は、福井県三方上中郡若狭町にある滝で、
名水百選の一つ。
湧水の流量は4,500t/日。
水温が11.7℃と冷たく、その冷たさで瓜が自然に割れたとの故事から
「瓜割の滝」と呼ばれる。
泰澄大師が開いた天徳寺(真言宗)の境内奥の森中にある。
滝周辺は元々「水の森」と呼ばれる修験者の修行地で、
また朝廷の雨乞いを司る祈祷所だったとされる。
また、水中には紅藻類が繁殖しているため、水中の石が赤く染まっている。

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タグ: 瓜割の滝
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越前海岸寸景 [福井県]

今回は、越前海岸の風景を少しばかり載せたいと思う。

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越前海岸冬景色 [福井県]

今回は、越前海岸の写真を載せたいと思う。


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東尋坊夕景 [福井県]

今回は、夕刻の東尋坊の景色を載せたいと思う。

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東尋坊(とうじんぼう)は、福井県坂井市三国町安島に位置する崖。
越前加賀海岸国定公園に属する。

海食によって海岸の岩肌が削られ、高さ約25mの岩壁が続く。
この岩は輝石安山岩の柱状節理でこれほどの規模を持つものは
世界に三箇所だけであり地質上極めて貴重とされ、
国の天然記念物及び名勝指定を受けている。
地名の由来は、乱暴あるいは恋愛関係で恨みを買って
此処から突き落とされた平泉寺(勝山市)の僧の名前による。

東尋坊は、今から約1,200 - 1,300万年前の新生代第三紀中新世に
起こった火山活動で、マグマが堆積岩層中に貫入して冷え固まってできた火山岩が、
日本海の波による侵食を受け地上に現れたものとされている。
東尋坊の火山岩は白色の斜長石の斑晶や暗緑色の普通輝石・紫蘇輝石の
斑晶を含む安山岩で、マグマが冷えて固まるときにできた五 - 六角形の柱状の
割れ目(柱状節理)がよく発達している。
この柱状節理の規模の大きさが地質学的に極めて貴重であるとされ、
昭和10年(1935年)に国の天然記念物・名勝に指定された。
また、平成19年(2007年)には日本の地質百選に選定された。

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タグ: 福井 東尋坊
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日本海(総合版) [福井県]

今回は敦賀の海を載せたいと思う。

1部と2部合わせて載せるので、写真は80枚ほどになります。

(画像の入れ替えと補足をしています。)


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日本海(2部) [福井県]

引き続き、日本海の写真を載せたいと思う。



これは川の写真。

敦賀の水晶浜に向かう前に一度少し戻って、

敦賀市内にある西福寺に向かっている。

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西福寺(さいふくじ)は、福井県敦賀市にある浄土宗の寺院。
山号は大原山。
本尊は三尊仏(阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩)。
名勝の書院庭園が有名。

応安元年(1368年)、後光厳天皇の勅願により、
良如を開山として創建されたという。
良如は越前国府中(現・越前市)出身の浄土宗僧で、
越前市正覚寺の開山でもある。

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日本海(1部) [福井県]

今回は敦賀の海を載せたいと思う。

写真は80枚ほどなので2回に分けて、後でまとめます。


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北国街道(3部・永平寺) [福井県]

引き続き「北国街道」の写真を載せ、締めたいと思う。

一乗谷朝倉遺跡を後にして次に向かったのは永平寺であった。


通用門前の大きな杉

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北国街道(2部・一乗谷など) [福井県]

引き続き「北国街道」を載せたいと思う。


板取宿からである。

板取宿は近江・木之本から栃ノ木峠を越え今庄へ至る重要な宿場だった。
というのもそれまでは近江から越前に入るコースは
栃ノ木峠→木ノ芽峠→敦賀→越前だったのが、
柴田勝家が整備してからは木ノ芽峠を越えずに
今庄コースで行けるようになったのだ。
江戸時代には番所が設けられた。
木ノ芽峠から言奈地蔵を超えてさらに北へ街道を
下っていくと石畳の道と4軒の兜屋根の民家が現れる。
4軒の家2軒は実際にここで生活をしておられる。

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北国街道(1部) [福井県]

今回は北国街道沿い、もしくはその周辺の風景、名刹、史跡を載せたいと思う。

130枚ほどあるので3回に分けて、後でまとめます。

天気が良くて、黒つぶれが多く見にくい記事かもしれません。

(北国街道の解説)

一般に北国街道と呼ばれる街道には二つのルートがある。
一つは長野県の北部から新潟県の直江津(上越市)で北陸道に合流するコース。
もう一つが、滋賀県北部の琵琶湖東岸を南北につないで
福井県の今庄町で北陸道につながるコースである。
今回撮影したのは、湖北を通る北国街道である。
北国街道のなかでとくに往来が多かったのが、北陸から木之本にいたる道。
江戸時代には福井藩から南の大名は参勤交代の際にこの道を通り、
木之本から北国脇往還を抜けて関ケ原で中山道に入った。
福井県と滋賀県の県境では栃の木峠を越えるのだが、
このルートを整備したのが戦国時代の武将として知られる柴田勝家である。
福井を拠点に北陸を治めていた勝家は、
それまで大きく西に迂回して湖北に入っていた北国街道を南進させることで
最短距離のコースをつくった。
織田信長の死後、豊臣秀吉と対立した柴田勝家は天正十年(一五八二)に
賎ケ岳で秀吉軍と戦うが、このときも栃ノ木峠を越えて賎ケ岳に向かった。
そして、戦いに敗れた勝家が敗走したのも、この北国街道であった。
一方、勝利を収めた秀吉は、越前に入ったあと長浜城に帰るが、
このとき木之本から長浜までは北国街道を通ったのではないかと思われる。


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今回は滋賀県の長浜から福井県の永平寺まで撮影している。

まずは滋賀県高月町にある渡岸寺から。

国宝の十一面観音像で有名。

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