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滋賀県・紅葉 ブログトップ

余呉湖と鶏足寺の紅葉風景 [滋賀県・紅葉]

こんにちは、minsukeです。

今回は余呉湖と鶏足寺の紅葉を載せたいと思います。


撮影:Nikon D7000、SIGMA 17-50mm F2.8 EX DC HSM

余呉湖です。

ここは冬のわかさぎ釣りが有名です。

今回使っているレンズ、最近急に値下がりして3万ほどだと思いますが、

なかなかいい写りをします。

今買えばCPは抜群ですね。

私が買ったときは、5万以上はしてましたが。^^;

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彦根城の紅葉 [滋賀県・紅葉]

今回は、彦根城、玄宮園、近江八幡の紅葉写真を載せたいと思う。

(今回のBGM)



撮影Nikon D90

彦根城横の玄宮園にて。

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彦根城の紅葉(総合版) [滋賀県・紅葉]

今回は彦根城とその隣にある玄宮園の紅葉を載せたいと思う。



まずは玄宮園の紅葉から。

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玄宮園(げんきゅうえん)は滋賀県彦根市にある旧大名庭園。
国指定特別史跡「彦根城跡」の区域、
および隣接する楽々園とともに「玄宮楽々園」として国の名勝に指定されている。

玄宮園の原形となる庭園が造営された時期や規模は明確ではないが、
江戸時代初期の延宝6年(1678年)に
彦根藩4代藩主井伊直興が整備したといわれる。
江戸時代後期の文化10年(1813年)には
第11代藩主井伊直中の隠居屋敷として再整備され、
今日に近い形に整えられたといわれる。
玄宮園は御殿部分の「楽々園」に対して名付けられたものであるが、
この呼称がいつ頃から用いられるようになったかははっきりしない。
玄宮園の位置は城内の北東部で
内濠と琵琶湖の入江(松原内湖)に挟まれた第二郭と呼ばれる曲輪内にあり、
築城当初は重臣川手主水の屋敷が建てられていたが、
主水が大坂夏の陣で死亡してからは空家となり、
寛永元年(1624年)ごろに下屋敷が建設されたといわれる。
入江側は1940年代に第二郭の間近まで干拓が進み
現在は堀状の溝で囲まれる形となっているが、
往時は庭園北側の水門から舟で琵琶湖まで出られるようになっていた。
園内は中国湖南省の洞庭湖にある玄宗皇帝(唐時代)の離宮庭園を参考に、
「瀟湘八景」を「近江八景」に置き換えて作庭されたといわれる。
天守を借景として、中心の入り組んだ池には4つの島と9つの橋が架かり、
畔には臨池閣、鳳翔台、八景亭などの建物が配されている。
映画『大奥』のロケ地となった。

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彦根城の紅葉(2部・彦根城) [滋賀県・紅葉]

引き続き、「彦根城の紅葉」を載せたいと思う。


彦根城(ひこねじょう)は、日本の滋賀県彦根市金亀町にあった城である。
江戸時代および明治2年(1869年)の版籍奉還後から
明治4年(1871年)の廃藩置県まで彦根藩の役所が置かれた。

近世にあたる江戸時代に滋賀県彦根市金亀町にある彦根山に、
鎮西を担う井伊氏の拠点として置かれた平山城である。
山は「金亀山」との異名を持つため、城は金亀城(こんきじょう)ともいう。
多くの大老を輩出した譜代大名である井伊氏14代の居城であった。
明治初期の廃城令に伴う破却を免れ国宝の天守、
附櫓(つけやぐら)および多聞櫓(たもんやぐら)のほか、
安土桃山時代から江戸時代の櫓・門など5棟が現存し、
国の重要文化財に指定されている。
中でも馬屋は重要文化財指定物件として全国的に稀少であり、
国の特別史跡に指定されている。
一説では、大隈重信の上奏により
1878年(明治11年)に建物が保存されることとなったのだという。
日本で12箇所の安土桃山時代から江戸時代に建造された天守が
現存する城郭の一つ(現存12天守)で、
その内、国宝に指定された現存天守のある国宝四城の一つに数えられる。
1992年(平成4年)に日本の世界遺産暫定リストにも記載されているが、
世界遺産登録は厳しい状況にある。
滋賀県下で唯一、城郭建築が保存された。

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彦根城の紅葉(1部・玄宮園) [滋賀県・紅葉]

今回は彦根城とその隣にある玄宮園の紅葉を載せたいと思う。


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玄宮園(げんきゅうえん)は滋賀県彦根市にある旧大名庭園。
国指定特別史跡「彦根城跡」の区域、
および隣接する楽々園とともに「玄宮楽々園」として国の名勝に指定されている。

玄宮園の原形となる庭園が造営された時期や規模は明確ではないが、
江戸時代初期の延宝6年(1678年)に
彦根藩4代藩主井伊直興が整備したといわれる。
江戸時代後期の文化10年(1813年)には
第11代藩主井伊直中の隠居屋敷として再整備され、
今日に近い形に整えられたといわれる。
玄宮園は御殿部分の「楽々園」に対して名付けられたものであるが、
この呼称がいつ頃から用いられるようになったかははっきりしない。
玄宮園の位置は城内の北東部で
内濠と琵琶湖の入江(松原内湖)に挟まれた第二郭と呼ばれる曲輪内にあり、
築城当初は重臣川手主水の屋敷が建てられていたが、
主水が大坂夏の陣で死亡してからは空家となり、
寛永元年(1624年)ごろに下屋敷が建設されたといわれる。
入江側は1940年代に第二郭の間近まで干拓が進み
現在は堀状の溝で囲まれる形となっているが、
往時は庭園北側の水門から舟で琵琶湖まで出られるようになっていた。
園内は中国湖南省の洞庭湖にある玄宗皇帝(唐時代)の離宮庭園を参考に、
「瀟湘八景」を「近江八景」に置き換えて作庭されたといわれる。
天守を借景として、中心の入り組んだ池には4つの島と9つの橋が架かり、
畔には臨池閣、鳳翔台、八景亭などの建物が配されている。
映画『大奥』のロケ地となった。

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永源寺の紅葉 [滋賀県・紅葉]

金剛輪寺の次に永源寺の紅葉撮影した。

ともに滋賀県の古寺である。



愛知

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金剛輪寺の紅葉 [滋賀県・紅葉]

今回は、滋賀県の金剛輪寺の紅葉を載せたいと思う。




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三脚は使えないので、一脚で撮影した。

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金剛輪寺の紅葉と宿場町 [滋賀県・紅葉]

今回はタイトルどおりで、滋賀県にある金剛輪寺の紅葉

中仙道沿いの宿場町の写真を載せたい。

Yahooで天気情報を確認していたら、紅葉情報があったので

金剛輪寺を見てみた。

するとちょうど見ごろということであったので実際に行ってみた。

しかし10日ほど早かったようだ。

どうもYahooの紅葉情報は当てにならないみたいだ。





金剛輪寺入り口付近で撮影

(ここで金剛輪寺の解説を。)

湖東三山の一つで奈良時代に聖武天皇の勅願により行基が開山した天台宗の寺院。

本尊は行基の作と伝えられている。

また、源義経が義仲追討の武運必勝を願い太刀を寄進したり、

北条時宗が佐々木頼綱に命じて元軍降伏の祈願をしたといわれている。

山門から本堂までサツキに囲まれた石段が続き、

山岳城郭だったころの趣を今なお残している。

石段を上り詰めたところに、当時の僧の機智により

織田信長の焼き討ちによる焼失の難を逃れた本堂大悲閣、三重塔二天門がある。

本堂大悲閣は、鎌倉時代の和様建築の代表とされる楼門であったが、

江戸時代に二階部分が取り壊され現在の形になった。

三重塔は大悲閣より古いものであるが、荒廃したままとなっていたため、

昭和49年(1974)復元された。

ツツジやシャクナゲの名所としても知られ、

山門脇に塔頭の常照庵が草むらに埋もれ残っている。

また、厄除けのかぶら汁が接待される初観音や、

大きな数珠をまわして念仏を唱える千体地蔵盆など有名な行事もある。


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